東京、西麻布にある「スポーツトレイン」。このショップは、ある青年と彼の友人が1972年にオープンした店である。その青年の名は「油井昌由樹」。彼は大学在学中に、服飾研究会を作り、ショーの演出などをおもしろがってやっていた。卒業後も仲間とその延長の仕事をしていた。彼は1970年、「東京がおもしろくない」という理由で、世界一周旅行に出かけた。しかもはじめての海外旅行であった。
 その旅で最初に降り立った、アラスカ、アンカレッジの街で、油井は「アウトドア」に開眼する。当時日本では「アウトドア」という言葉が存在すらしなかったときであった。

「アンカレッジの街では、まだ、JCペニーなんて木造2階建てで、そんなマーケットがたくさんあって、どの店に入っても広い店で、スノーモービル・ブーツとかワークブーツとかのアウトドア用品がいっぱい並んでいた。スーパーにも、綿のTシャツ、ダンガリーのシャツなんかが山のように積んである。雪かき道具とかが、パンだとかハンバーグと一緒に純然たる生活用具として売っている。
文房具の隣がハードなアウトドアのウエアだったりする。すごく新鮮だった」
 油井がアラスカ滞在中に買い込んだ、さまざまなアメリカン・アウトドア・グッズ。それらはその後訪れた、北欧、ドイツ、イタリア、フランス、イギリス、スペインと、どこへ行っても、注目の的であった。アラスカだけでなく、ニューヨークでも、ヨーロッパでも、訪れる街には彼が「欲しいモノ」がたくさんあった。そのため帰国するときには、1個のトランクが、4個になっていたほどであった。
 帰国後、油井は東京中の店を見て歩いた。良い品物はいくらでもあった。
でも彼が欲しいモノはなかったのである。「それならば」という気持ちと同時に、現在の場所(前店は釣道具屋)が売りに出ていた。
そして、小売販売の経験もゼロのまったくの素人であった、油井と彼の友人庄司竹志氏のふたりは、「なんとかなるだろう」という気持ちでショップをオープンすることになった。
Masayuki Yui
Takeshi Shoji
また、「スポーツトレイン」というショップのネーミングの経緯はこんな感じだったらしい。
『アウトドアショップ風まかせ』(晶文社刊/p.68〜p.69)より
庄司氏「ウーム、何という名前が良いかね」
油井 「そうねー、何がいいかなー」
庄司氏「・・・・・・・?」
油井 「アメリカの、なんかこう、古い感じのネーミング、古いっていったてあそこんちは200年がいいところだけどね」
庄司氏「じゃあ、西部開拓のころだ。・・・・俺はね、やっぱりスポーツが付いた方がわかりやすくていいと思うな」
油井 「だけどね、やっぱりアメリカっぽいのがいいよ。昔の。西部を目指す幌馬車なんかどうかな?・・・ワゴントレイン」
庄司氏「ワゴントレインねー、トレイン・・・・ていいね!? ねー、スポーツトレインはどうかな?」
油井 「スポーツトレインか、うん、いいかもしれないね! いや、かなりいいかも。スポーツトレイン・・・
    そうとういいんじゃない!」
1972年12月30日、「スポーツトレイン」はオープンした。世界中からメールオーダーで取り寄せた様々な商品。
「L.L.ビーン」、「エディー・バウアー」など日本では初めてお目見えするものばかり。90年代に入り、
「アウトドア・ブーム」と世間が騒ぎ出した20年近くも前に、その種がこの日に植えられたのである。
 現在第一線で活躍しているマスコミ関係やファッション関係、そしてショップ・オーナーの人たちの中には、「スポーツトレイン」に夢中になり、多く影響を受けている人たちが少なくない。その当時の人たちに絶大なる影響と衝撃を与えた1冊の本が1975年に出版された。「Made in U.S.A. Catalog」である。このアメリカ・モノ文化を紹介した本は、その後の新たなファッションの流れ、そして雑誌全体の流れをも変えていくほどであった。この本の編集にも、「スポーツトレイン」は関わっている。さらに言うなら、「スポーツトレイン」に触発されてできあがった本と言っても過言ではないであろう。翌年76年に平凡出版(後のマガジンハウス)から出版された「Made in U.S.A. Catalog 1976」はさらに話題になり、同年創刊した「ポパイ」にも大きな影響力を持った。1997年暮れ、「BRUTUS」で「伝説のカタログ、23年目の復活」というサブタイトルのもと、「再び、Made in U.S.A. Catalog」を出版し、その表紙では「『POPEYE』を生み、『BRUTUS』を育てたライフスタイルの教科書」と言っている。そしてあのBEAMSは、自社広告の中で、「BEAMSは、『Made in U.S.A. Catalog』から始まった。1975年、『Made in U.S.A. Catalog』の登場は衝撃的でした。あれから四半世紀、BEAMSは今もあの興奮を忘れません」とまで言っているのだ。
 「セレクト・ショップ」のパイオニアとも言える「スポーツトレイン」は、その後「ポパイ」などを筆頭に、さまざまな雑誌や媒体に数え切れないほど取り上げられている。現在「スポーツトレイン」でストックしている雑誌の数だけでも数百冊はある。「おもしろい」、「欲しい」というある青年たちの純粋な好奇心と欲望から始まった一軒の店。マーケティングも戦略もなく、ひたすらモノに惚れ込み、集めてきた商品や情報は、その後、ファッションとしての「アウトドア」という今までなかった大きな流れを作り、今で言う「カリスマ・ショップ」になっていったのである。